新型コロナウイルス肺炎に対する漢方治療案
Herbal medicine for new Coronavirus pneumonia (COVID-19)
~過去のインフルエンザウイルスパンデミック経験から~
(漢方の臨床、67巻、6号、2020)
生薬漢方診療学・広島大学病院漢方責任指導医
中島正光 Masamitsu Nakajima MD PhD
1 過去のウイルス感染のパンデミックについて
現在、新型コロナウイルスによるパンデミックが起こっており、漢方診療も試みようとされているが、この新型コロナウイルスのパンデミックは始まったばかりで不明な点が多く、有効な漢方はまだわかっていない。今後多くの研究によって病態、治療などがわかり、漢方治療の経験の蓄積、治験などもされて解明されていくであろう。現時点では、過去に起こったインフルエンザウイルスによるパンデミック「スペインかぜ」に対する漢方治療を活かした治療を考える必要があろう。本稿では、急速で重篤な経過をとり、そして致死的になることのある新型コロナウイルによる肺炎に対する漢方治療を中心に考えてみたい。
2 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について
今回の新型コロナウイルス感染症の症状は、発熱(87.9%)、咳嗽(67.7%)、倦怠感(38.1%)と報告があり、下痢は 3.7%程度と少ないとされている[1]。ただし、入院時は発熱症状を伴う症例が半数以下だったという報告もある。日本で経験したクルーズ船内での集団感染では 17%でウイルスが陽性で、その半数が診断時無症状であった[2]。 無臭、臭
覚の低下はおおよそ 33%にみられが、他のウイルス感染でも認められる[3]。中国の 5 万例を超える症例の解析[1]では、多くの症例は軽症で自然に改善し、症例の約 80%は軽症から中等症、13.8%が重症(呼吸苦、呼吸数の増加、血中酸素濃度の低下など)、6.1%が重篤(呼吸不全、敗血症性ショック、多臓器不全など)で、3.8%の方が亡くなられている(武漢 5.8%、それ以外 0.7%)。ただし、これらは検査で確定診断された症例を中心としたデータであり、診断検査の不要な軽症者も多く存在する可能性を考慮すると実際には重症な方の割合はもっと低くなると考えられている。そして、重症症例の多くは、発熱や咳などの症状出現から 5 から 7 日後から急速に悪化し、数日以内に ARDS になるとことが報告されている[2][4][5] 。現在、本ウイルス感染症ではサイトカインストームの発症、微小血管内の血栓形成などが指摘され、脳や心疾患、さらに川崎病を含めた血管炎症状を見ることも報告されている[6] [7] [8]。
本感染症に対しての治療は複数の治療法が試みられている段階で、未だ決定的な治療は無い。肺炎を伴う重症例は致死的で、人工呼吸器、ECMO(Extracorporeal membrane oxygenation)による治療が実施されなければならないことがあり、難渋している。胸部画像で間質性肺炎所見が特徴的であり、さらに重篤な呼吸不全、そして致死的になることも
ある重要な病変である。一方、軽症でありながら胸部 CT で肺間質の炎症像が見られることも少なくないとされている。胸部 CT 所見ではすりガラス状陰影(ground-glass opacity:GGO)が診られ[9]、いわゆる細菌性肺炎とは異なっている。また、中国で行われた病変の病理学的検討でも間質性病変が強く、ウイルス感染を思わせる封入体などがみられている。ウイルスによる直接的、また間接的に肺内の免疫反応、炎症反応が盛んに起こっていると考えられる[1]。今回の新型コロナウイルスは症状の無い無症候性の感染が多いにもかかわらず急速で強い炎症、サイトカインストーム、血管炎、血栓症の発症も伴うことのある重症肺炎を発症することがある不快なウイルスである。
現時点で有効な治療薬はないが、アビガン R、レムデシビル Rなどをはじめ、多くの薬剤の治験、ワクチン開発が進行中で、将来的には新薬の有効性、さらに副作用などの報告がされていくであろう。
3 「スペインかぜ」で行われたインフルエンザウイルス肺炎の漢方治療
新型コロナウイルス感染症(VOVID-19)の漢方治療を考えるうえで、大正 7 年(1918年)から 8 年(1919 年)にかけてインフルエンザウイルスの世界的流行である、いわゆる「スペインかぜ」を思い出し、このとき使われ有効であった漢方を再度考えなければならいのは当然である。本稿ではその一つの例として一貫堂医学を創設した森道伯先生の行っ
た「スペインかぜ」に対する漢方治療を考えてみる。
森道伯先生は、「スペインかぜ」を三つのタイプに別けて漢方治療を行い、この治療が大きな効果を示した。そして、その漢方治療の有効性により名声を得たと語られている[10] [11]。その3タイプは、①胃腸型、②肺炎型、③脳症型で、この3型に対応した漢方を選び治療した。胃腸型には香蘇散(香附子、蘇葉、陳皮、甘草、生姜)を主として、こ
れに茯苓、白朮、半夏を加えた処方を活用し、肺炎型には小青竜湯(半夏、甘草、桂枝、五味子、細辛、芍薬、麻黄、乾姜)に杏仁、石膏を加えた方剤を、また高熱のため脳症を発するものには升麻葛根湯(葛根、芍薬、升麻、甘草、生姜)に白朮、川芎、細辛を加えた処方を運用した。
インフルエンザウイルス肺炎に大きく三つの病態がある。純粋なウイルスによる肺炎と細菌の混合感染がおこる細菌混合型肺炎、そして細菌による2次感染を伴う続発性細菌性肺炎である。純粋なウイルスによる肺炎は急激な発熱、悪寒、筋肉痛で喀痰などは少なく、発症後1~2日で呼吸不全に陥る。細菌性混合型肺炎は純粋ウイルス肺炎と同様にインフルエンザ症状が出現後、細菌性肺炎の特徴でもある膿性喀痰を伴う下気道症状がみられる。続発性細菌性肺炎はインフルエンザ症状出現後、ある程度日が立った後に細菌性肺炎が出現する。「スペインかぜ」の大流行時には、この高病原性のインフルエンザウイルスによる肺胞上皮への直接感染が起こり、純粋なウイルス性肺炎がいまよりも遥かに多くみられたと考えられている[13] [14]。
4 新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)の漢方治療を考える。
新型コロナウイルスによる肺炎の胸部CT画像所では、早期に GGO、その後 crazy paving appearance(すりガラス影内部に網状影を伴う所見)、そして consolidation(浸潤影)などが見られる。私が病理専門医として画像と肺病理所見の対比を行ってきた経験から、この crazy paving appearance は病理学的には小葉間隔壁、気管支、血管周囲に炎症細胞の浸潤をともなう浮腫などが生じていると考えられる。そして肺胞内にも浸出液が存在しているであろう。つまり、肺内の急速に広がる強い炎症とそれにともなう浮腫を取り除く必要があると考える。
肺炎型に使われた小青竜湯(半夏、甘草、桂枝、五味子、細辛、芍薬、麻黄、乾姜)に杏仁、石膏を加えた方剤であるが、この方剤は、麻杏甘石湯に桂枝、芍薬、五味子、細辛、半夏、乾姜を加えたものと考えることも出来る。以前、抗菌薬の出現前の重症肺炎に麻杏甘石湯加石膏が非常に効果を示したと山本巌先生が話していた[15]。特に、抗菌薬の効果が不十分であった時代、大葉性肺炎は高熱が急激に出現し、太陽病期から陽明病期に移行が早く、麻黄、石膏の組み合わせによる炎症に対する治療を重視していた。山本巌先生は麻黄、石膏が下肢静脈炎に効果を示し、この二つの生薬が炎症性浮腫に効果を示す例であることを述べ、炎症をとるための重要な薬剤であることを強調していることを思い出す。加えて、杏仁の利水作用による気道の炎症により起こる浮腫を取り去る作用も加わり、有効性がより増していると考える。
さらに、小青龍湯の構成生薬である半夏、五味子は鎮咳去痰作用、細辛はこのような重症肺炎であれば発汗解表剤とともに鎮咳去痰作用も期待されると感じる。そして甘草の消炎作用、潤肺鎮咳作用も期待されるのであろう。また、麻黄はエフェドリンが含有され、気管支壁平滑筋の弛緩作用も呼吸機能をあげてくれる。金匱要略においても、小青竜湯は「咳逆位息,不得臥,小青竜湯主之。」の記載のように、重症の呼吸不全である起座呼吸にも使われており、古人も本漢方の重症呼吸不全への効果を説いている。これらの作用は「スペインかぜ」の時のインフルエンザウイルス肺炎に効果を示したように新型コロナウイルスによる肺炎における強い肺内の炎症と浮腫に応用できよう。さらに、小青竜湯には発汗解表と利水作用があるが、この利水作用が心負荷を軽減させることにもつながるのではと考える。
中島随象の漢方舎中島医院ではインフルエンザ肺炎にも使われた小青竜湯加石膏、杏仁に桑白皮、蘇葉、藿香を加えた方剤を余製剤としておいていた。小青竜湯に五虎湯を合わせ、さらに蘇葉、藿香の発表作用をもつ貫中理気薬を加えたものとなっている。山本巌先生も同様に熱証下部気道炎に多用し、小青竜湯加杏仁、石膏に蘇子、桑白皮を加えて使い、石膏100gを用いることもあった[15]。新型コロナウイルス肺炎に対してエキス剤であれば小青竜湯と麻杏甘石湯もしくは五虎湯で、できるだけ早期に対応することになる。石膏は炎症をとるために重要であり、増量することも考えなければならない[16] 。炎症が強い場合は異論をもたれる場合もあるが、全身におけるサイトカインストーム、血管炎が見られる本ウイルス肺炎に対して清熱解表剤の併用、咳に対する漢方の併用も考える必要があると思われる。上部消化管にたいする症状に対処する必要があれば小柴胡湯を併用し、また麻黄が使えない時には小柴胡湯加桔梗、石膏などの柴胡剤を中核にすることも考える。
5 柴葛解肌湯、小柴胡湯桔梗石膏、柴陥湯についても少し述べたい
小柴胡湯に葛根湯を加え大棗、人参を去り、石膏を加えた柴葛解肌湯(柴胡、葛根、黄苓、有薬、甘草、石膏、乾生姜、桂枝、半夏、麻黄)は、傷寒六書に記された処方を、その後浅田宗伯先生が構成生薬を変えて作成したもので、この構成生薬が柴葛解肌湯として現在使用される[17]。そして「スペインかぜ」の流行時には、木村博昭先生がこの方剤を使い著効したと言われている。矢数道明先生の臨床応用漢方処方解説[18]に柴葛解肌湯のことが記載され、「外感で特殊の病態を呈し、麻黄湯・葛根湯の二つの証が解消せず、しかも少陽の部位に邪が進み、嘔や渇が甚だしく、四肢煩疼するものによい。流行性感冒・肺炎の一証・諸熱性病の一証として現れる」とある。エキス剤であれば小柴胡湯加桔梗石膏に葛根湯を加えることになろう。
小柴胡湯桔梗石膏は上気道炎だけでなく下気道炎症にも用いられる。小柴胡湯は消炎解熱の方剤であり、鎮咳作用、心下部の痞え痛みをとり生姜、大棗、甘草の健胃作用、半夏、生姜の鎮吐作用もある。小柴胡湯に去痰作用のある桔梗を加えている。粘稠痰で痰が喀出されにくい時には、半夏だけでなく貝母、栝楼仁のような去痰薬が必要となる。胸痛がある場合には小柴胡湯に胸痛を治し、消炎排膿作用のある栝楼仁を加えると良く、そして咳が出て、痰が切れにくく、胸痛がみられる場合には小柴胡湯に黄連と栝楼仁を加えた加味方である柴陥湯を使う。
6 重症急性呼吸器症候群(SARS: severe acute respiratory syndrome)について
過去にも世界的規模のコロナウイルス感染が起こっている。それは中国南部の広東省を起源とした重症肺炎の集団発生で、2003 年に重症急性呼吸器症候群(SARS: severe acute respiratory syndrome)と呼ばれるようになった。北半球のインド以東のアジアやカナダを中心に感染拡大、2003 年3月 12 日に WHO から「グローバルアラート」が出され、同年7 月 5 日に終息宣言が出されるまで、32 の地域と国にわたり 8,000 人を超える症例が報告された[19] 。
SARS は致死率が高いことでも恐れられた。当時広島県で発症した場合には広島大学病院に搬送されることが決定しており、担当医師として呼吸器専門医、感染症専門医である私が対応することが決まっていたことを思い出す。結局 SARS の疑い患者が搬送されたのみで、7月に終息されるまでわが国では SARS は発症しなかった。SARS に対して西洋薬
と漢方治療が併用されなど多くの論文が報告され、本誌でも議論されている[20]。しかし、感染症が終息したこともあり世界、また日本においてエキス剤の具体的方剤名の使用に至っていなかった。
7 今後、予防的な漢方治療の効果検討、西洋薬の併用効果検討が必要になる
新型コロナウイルス感染症は高齢者、高血圧、呼吸器系疾患などがあると重症になりやすいと言われるが、どのような漢方が重症化を防ぐか、今後研究が必要である。気虚では黄耆、人参などが含まれる四君子湯加減、補中益気湯などを、陽虚で四逆湯、真武湯などを、気血両虚であれば十全大補湯などを、陰陽両虚であれば八味地黄丸なども考え投与してはと思う。西洋薬もアビガン R、レムデシビル R、オルベスコ R、カレトラ R、クロロキン、ナファモスタット、トシリズマブ、イベルメクチン、ステロイド全身投与など作用機序を考え治験が行われており、ワクチン開発とともに、今後どの薬剤が有効であるかなどがわかってくる。漢方においても、さらに詳しい症状、検査データ、病態がわかれば、個々の患者の病態に応じて構成生薬を考えて方剤を選ばなければならないことは言うまでもないことを付け加えたい。
8 おわりに
本稿は、過去の経験が活かされるべきと考え、大正7年から8年にかけてのインフルエンザウイルスのパンデミック時の一貫堂医学の経験を考察して新型コロナウイルス肺炎の漢方治療を中心(紙面の関係上予防、肺炎を共わない軽症例、回復期の方剤などはあまり言及しなかった。)に記載した。何かの役に立てばと考え記載したが、現時点では不明な点が多く、病態、漢方的所見、症状もわからない状態での掲載であることをお許しいただければ幸いである。
文献
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