広島国際大学
生薬漢方診療学
KAMPO MEDICINE
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The Past story of Kampo Exchange meeting (漢方交流会)
広島国際大学
生薬漢方診療学
KAMPO MEDICINE
Hiroshima International University
Japanese traditional medicine
日本漢方交流会は、漢方家で育った私にとっては、子供の頃から慣れしたんできた漢方の会である。この漢方交流会
の歴史を記載しておくことは大変重要なことであると考え、ここに記載、掲載する。内容は我が家に存在している書物、
雑誌、また中島隨象が開催した当時の交流会資料とお元気であった西脇平士先生およびご家族からご許可を得て故
西脇先生が残された日本漢方交流会の黎明期を語る(其の一)および掲載写真を含め記載、掲載している。
中島正光





日本漢方交流会の黎明期を語る 其の一
日本漢方交流会相談役 西脇平士
◎日本漢方交流会前身の西日本漢方交流会の黎明期(此の記述は私の視点から今を去る約四十年前後の西日本漢方交流
会創立前後の記憶を中心に急遽記述しておりますので誤記がありますればご指摘戴ければ幸甚と存じます。順不同をご寛容
下さい。
◎多彩な先生方の古いお写真の掲載をご寛容下さい。尚四十年以前の写真も多々有り、又書き込みも有ります。鮮明度にも欠
けておりますが、お赦し下さい)
はじめに
西日本漢方交流会の黎明期は今から四十年以前、日本の戦後昭和の東洋医学漢方の勃興期でも有りました。日本各地に漢方研究会発会の機運がボチボチ高まりつつありました。
“老驥櫪に伏するも、志千里に在り”(年老いた名馬が馬屋に臥していても何時も想いは千里の彼方の目標に心を燃やして居るものだ)と中国の武帝は申しました。
戦後の昭和漢方の夜明け、先哲の遺訓を伝承された当時の漢方の東洋医学の古老の先師の方々の並々ならぬ御指導とご努力の証として、日本各地の漢方復興の嵐がドット吹いて参りました。
時に及びて将に勉励すべし、歳月人を待たず。或いは、光陰矢の如し、一寸の光陰軽んずべからず。と申しますが、振り返りますれば将に古方漢方復帰の嵐に乗って各地に雨後の筍の如く熱意溢れる薬系の漢方研究会が誕生致しました。


